INTERVIEW

「遊びの講義」第二回目にして早くも特別編。BBQ大学学長の田中直樹が尊敬してやまないという日本バーベキュー協会会長の下城民夫さんに初めて会ってきました。 世界中を飛び回ってきた下城会長だからこそ知るバーベキューの楽しみ方。田中学長がたっぷりとお話をうかがいました。

 

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(期待に胸躍らせ、日本BBQ協会へ向かう学長)

【プロフィール】

下城民夫さん
日本バーベキュー協会会長
1960年生まれ。大手広告代理店勤務を経て、1992年に日本初のアウトドア専門通信社「アウトドア情報センター」を立ち上げ、世界中の国や地域を取材で飛び回る。海外に比べて日本のバーベキュー文化の質が低いことを痛感し、2006年に「日本バーベキュー協会」を設立。以来、協会の理念である「スマートバーベキュー」の提唱や、日本初のバーベキュー関連資格「バーベキュー検定試験」の開始、さらには人材育成など、あらゆる面でバーベキュー文化の発展に貢献し続けている。

 

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田中直樹

BBQ大学学長

学生のころから、BBQが大好き。バックパッカーをしながら世界を巡る。インドでは食材から機材まで、独自調達によるBBQを開催。どんどんインド人が集まってきて、気が付くと大勢の人だかりになっていた。

そこで、BBQとは国境を超えるコミュニケーションツールだと知り、体の底から震える。帰国後にBBQ場の店長となるが、その飽くなき愛により、BBQ大学の学長に抜擢される。

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取材を通じて世界のバーベキュー事情を知る

 

田中学長「お目にかかるのを楽しみにしてきました。私どもは、日本におけるバーベキュー文化の発展に尽力なさっている下城会長の後塵(こうじん)を拝する形で、BBQ大学を創立したようなものです。立ち上げてまだ2年目。

 

今日は胸をお借りするつもりで、いろいろとお話をうかがえればと思っています。早速ですが、『日本で最も世界のアウトドア情勢を知る男』と言われた会長は、子供のころからアウトドアに親しんでこられたんですか?」

 

 

下城会長「僕が生まれ育ったのは兵庫県芦屋市で、小学生のときに市立の少年団に入っていたんですね。当時はカブスカウトやボーイスカウトが、今では考えられないほど大人気でした。僕もボーイスカウトにあこがれていたから入団を申し込みに行ったものの、定員オーバーで入団はかなわなかったんです。

 

そういう入り損ねた子たちの受け皿というわけではないんでしょうけど、似たような活動をしている少年団があるのを知って、そこに加わるようになったんです。そして、その少年団で自然に触れる様々な体験をしました。

それからもう一つ、アウトドア原体験と言えるものに、親父と一緒によく六甲山へ行きました。こういった幼いころからのアウトドア体験が今の自分のルーツになっているでしょうね。」

 

田中学長「小学生で六甲山……。めっちゃワイルドですね」

 

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田中学長「下城会長は大学卒業後、広告代理店に入社し、仕事の合間を縫ってバックパッカーとして各地を放浪されたそうですね。実は私も、20代のときにインドやネパールで旅を続けていたんです」

 

下城会長「そうですか。僕のはだいぶ古い話ですけど、同じくインドやネパール、それからチベットやタイといったアジアを中心に回っていました。会社を辞めてフリーになったのが、今から20年前かな。

 

その後、アウトドア情報センターという、アウトドア専門の通信社を設立したんです。代理店ではずっとテレビ番組の制作に携わっていたんですが、通信社ではテレビ局だけでなく、ラジオ局、新聞社、出版社などを相手に、アウトドアに絞った情報を提供する仕事を始めたんですね。

 

今どきの言葉でいえば、コンテンツサプライヤー。世界中のあらゆるアクティビティーを取材しました。そして、取材を通じて世界のいろんなバーベキューを知ったんです」

 

ボーダーレスがバーベキューの原点

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田中学長「通信社でのご経験があって、『日本で最も世界のアウトドア情勢を知る男』と言われるようになったのですね」

 

下城会長「そうなんですよ。だから、特にバーベキューの取材をしたわけではなく、アウトドア情報を求めて世界中を飛び回っていたんですよね。

でも、どこへ行っても必ずバーベキューがあった。アメリカにもオーストラリアにもヨーロッパにも、さらにはヒマラヤにもあった。そこで思い知ったのは、日本のバーベキュー事情があまりにも後進的だということ。場所が少ない。道具は乏しい。モラルが低い。そんな経緯があって、10年前に日本バーベキュー協会を設立したんです。ところで、オーストラリアに行ったことはありますか?」

 

田中学長「いえ、ありません。バーベキューが盛んな印象は持っていますが」

 

下城会長「衝撃でした。世の中にこんなバーベキューがあっていいのか! と驚いた。何が衝撃って、まずいんですよ(笑)。彼らは、肉をはじめとした食材に対する執着がゼロ。向こうには、パブリックバーベキューグリルといって、公園や河川敷などの人が集まるところにバーベキューグリルが設置されていて、無料開放されているんですね。

 

けれどもそれは電気式で、肉も鉄板で焼くんです。言ってみればホットプレートで、炭や網を使ったおいしさの足元にも及ばない。道具に対する執着もないんです。じゃあ、どうしてバーベキューをするのか。分かりますか?」

 

田中学長「仲間と集まって、ワイワイやるのが目的なんだと思います」

 

下城会長「半分正解です。オーストラリアでは、バーベキューのことをバービーって言うんですね。で、だれかの『レッツ、バービー!』という掛け声のもと、人が集まってくる。 半分だけ正解なのは、知らん奴まで集まってくるから(笑)。垣根がないんですよ。ボーダーレス。だけど楽しそうだし、実際に楽しい。

 

そこにバーベキューの原点があるような気がしますね。家族や仲間といった枠から、もう一歩外に出た人たちとも仲良くやっている姿を目の当たりにして、すごくうらやましく思ったんです。振り返って日本を見た場合、バーベキューは何かしんどいこと、面倒なことをみずから進んでしているような感じがして」

 

田中学長「今思い出しました。確かに、私もインドで知らない人とバーベキューしていました。わんさか人が集まってきて、その中には友達になった奴もいましたよ」

 

人に迷惑をかけるバーベキューはダメ!

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下城会長「そもそも、バーベキューはパーティー文化の一つで、パーティー文化というのは人とのカンバセーション、コミュニケーションを遊ぶカルチャーです。だからもっと気楽にやればいいのに、日本人は何でもイージーにすることに対して抵抗を持っているんじゃないかな。それに保守的で、スタイルが全く変わらないでしょう。

 

小さいコンロで薄い肉を焼く。あれは、焼き肉というレシピや市販の焼き肉のタレがあったから定着した日本独特のスタイルで、外国では基本的に、肉のかたまりにソースやラブと呼ばれるバーベキュー専門のスパイスミックスを塗布してから焼くわけです。

 

薄い肉を一口で食べるのに、人とコミュニケーションをとる必要はあまりない。だれかと共に食事をするという意味の共食もバーベキューの醍醐味(だいごみ)だけれども、焼き肉スタイルだとシェアする場面もそんなになく、逆に取り合いになるでしょう」

 

田中学長「場合によってはケンカになりますね(笑)。食い物の恨みは恐ろしいです」

 

下城会長「いまだに日本のバーベキューの多くは宴会の延長線上にあって、ただ騒ぐ場所、ストレス発散の機会なんですよね。だからゴミや騒音といったマナーの問題が出てくる。人に迷惑をかけるバーベキューであってはいけません。

 

理想は、環境にも相手にも自分にもやさしいバーベキュー。それは言葉を変えると、環境にも相手にも自分にも楽をさせるということ。それができるようになって初めて、カルチャーとしてのバーベキューが根づいていくと思うんです」

 

(後編に続く)

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BBQ公認ライター

佐藤克成

バーベキューのすばらしさ、おいしさを世に伝えるために生まれてきたといっても過言ではない。勿論、三度の飯よりバーベキューが好き。編集協力した書籍に『いますぐ使えるオートキャンプ完全マニュアル』『大満足のバーベキュー料理80』(ともに太田潤著、大泉書店刊)など、BBQ一色の人生。